そこで、ロスチャイルド家をめぐって、その元の家名の「カーンKhan」によって示されますように、出自不明のモンゴル系である可能性が高いこと、ネイサン・ロスチャイルドに代表されますように、ルックスがよろしくない点を踏まえますと、ロスチャイルド家が、ヴィクトリア女王の即位によって政治経済の両面において英国の権力をちょうど掌握しようとしていた時期に、シャーロット・ブロンテCharlotte Brontë(1816~55年)とエミリー・ブロンテEmily Brontë(1818~48年)のブロンテ姉妹が現れ、その作品が、もてはやされるようになったことは、注目されます。
シャーロットは、醜男を準主人公とした『ジェーン・エア』を著し、主人公のジェーンが、最終的に醜男を伴侶に選ぶというエンディングで、英国におきまして‘醜男ブーム’を起こさせます。エミリーは、出自不明のヒース・クリフを主人公とした『嵐が丘』を著し、出自不明の人物が、名家名門の女性のハートを射止めるに留まらず、社会的、経済的に成功してゆくという筋書きで、悲劇ながらも人気を博しました。
ブロンテ姉妹の作品は不朽の名作ともされ、文学作品としては、面白いのですが、仮に、ブロンテ姉妹が、ロスチャイルド家の御用作家でありましたら、ここにも、ロスチャイルド家の策略が潜んでいたのかもしれません。すなわち、今日でもマスコミを利用した大衆操作が行われているのと同様に、ヴィクトリア時代におきましても、ロスチャイルド家は、ロスチャイルド家への人々の反発を抑えるため、あるいは、時代の先端として美化するために、これらの作品を世に広めたとも推測することができるのです。
このように考えますと、歴史上、そして、現在におきましても、とかく‘美談’といわれているようなことにつきましては、よくよくその背景をチェックする必要はあるのでしょう。
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(続く)