時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

キリスト教の聖典が『旧約聖書』を含む理由

キリスト教が、紀元前2500年代に建造されたと推測されるギザの大ピラミッドと関連していることは、キリスト教の聖典が『旧約聖書』と『新約聖書』から構成されていることを説明しています。

 

イエスの教えのみが、キリスト教の教理であるのならば、キリスト教は、イエスや使徒の言行録である『新約聖書』のみを聖典とするはずです。しかしながら、神による天地創造やアダムとイブの創造を扱う『旧約聖書』も、キリスト教の聖典です。アブラハムのエジプト滞在や、「モーゼの十戒」が与えられる契機となるモーゼの出エジプトも、『旧約聖書』に含まれており、キリスト教と超古代宗教のとの密接な関連が、強調されているのです(モーゼの十戒の起源はシュメール文明の刑法・「ウル・ナムコード」)。ギリシャ正教が、アダムの出現を紀元前5509年とし、その年を紀元と位置付けた紀年法を用いていることも、いかにキリスト教が、超古代宗教に起源を持つ宗教であるのかを示していると言えるでしょう。

 

紀元前60世紀は、人類最古の文明と言われるシュメール文明やエジプト文明の黎明期であり、これらの文明には、現文明世界と直系的関係があります。言い換えますと、新石器文化や巨石文化と現文明世界との間には断絶がありますが、シュメール文明やエジプト文明などは、文字(楔形文字・ヒエログリフ)を用いていたこともあり、巨視的に見れば、世界の文明化という絶えることのない一つの流れを形成するようになったのです。

 

ギザの大ピラミッドには、盗掘口という「地獄行き確実」の門が、あえて作られています。窃盗の厳禁は、シュメール文明、エジプト文明、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教などに古代宗教のいずれにも共通しております。窃盗という犯罪と文明との関係は、これまであまり注目されてきませんでしたが、キリスト教成立の謎を追ってゆきますと、窃盗の禁止、つまり、他者の労力の成果や生活の糧を奪うことの禁止が、文明社会の発展を支える基礎であることが、明らかとなってきたと言えましょう。(続く)

 

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ギザの大ピラミッドとキリスト教はつながっている

 ミイラ作りが復活思想によるものであることは、ギザの大ピラミッドとキリスト教とがつながっていることを示しております。

 

ギザの大ピラミッドには、正式な門と「盗掘口」と称されている門の2つの門があります。正式な門は、綺麗に磨かれた石組みの立派な門構えであり、可動式の石の扉によって塞がれていたと言います。一方、「盗掘口」は、墓泥棒が掘ったと言われているように、ピラミッドの壁面に穴を開けたようであり、扉も無く通路もでこぼこですが、最初からこのように作られていたようであり、また、泥棒用の門であったようです(ブログ「くらも天狗世を論ず」をご参照ください)。

 

この2つの門、正式な門は、「天国の門」、盗掘口は「地獄の門」であると推測することができます。正式な門は、上昇通路によって上部構造の「王の間」や「王妃の間」と称されている大きな立派な部屋へ通じています。一方、盗掘口は、下降通路へとつながり、あたかも冥界のような地下30mのグロテスクな空間へと通じています。

 

すなわち、泥棒の魂は、扉の無い泥棒用の門からご自由にお入りくださいということで、窃盗を働いた人は、「地獄行き確実」ということを意味していると考えることができます。

 

キリスト教には、天国と地獄、そして、復活という思想を基盤としております。洗礼者ヨハネとイエスが引き継いでいた超古代宗教とは、ギザの大ピラミッドに象徴される紀元前2500年頃には既に成立していた宗教であり、それは、知的生命体としての人類、そして、文明の始まりを意味しているのかもしれません。

 

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超古代宗教の後継者・洗礼者ヨハネとイエス

キリスト教の成立をめぐって、窃盗問題が、なぜこれほどまでに大きく関わってくるのか、その理由は、洗礼者ヨハネとイエスが引き継いでいた超古代宗教におきまして、窃盗が「地獄行き確実」の宗教であったからであると推測することができます。

 

その宗教は、不思議なことに、ギザの大ピラミッド(「クフのピラミッド」とも称される)の構造によって表現されている宗教のようなのです。『旧約聖書』「創世記」の最後の一文が、「ヨセフが、110歳で亡くなった。人々は、彼をミイラとし、エジプトにて棺に納めた」というものであることは、先述いたしました。ユダヤ人のなかに、復活思想があったことに加え、イエスは、生まれてすぐに、両親とともにエジプト逃れ、かの地で育っております。

 

そして、注目すべきは、アケメネス朝ペルシャ(B.C.530―B.C.330)のカンビュセス王(B.C.530―B.C.522)の時代、すなわち、預言者ダニエルの時代より、エジプトには「バビロン」という名のユダヤ人の植民都市があったことです。エルサレムから中東の新バビロニアの首都バビロンに連れて行かれていたユダヤ人の中に、カンビュセス王のエジプト遠征に同行した人々がおり、カイロ近郊に「バビロン市」を建てるのです。

 

イエスは、ベツレヘムからエジプトの「バビロン市」に逃れていたとも推測され、そしてギザの台地は、カイロからほど遠くない位置にありました。このことは、ギザの大ピラミッドによって象徴される超古代宗教が、この地にはまだ息づいており、イエスは、「バビロン市」にて、洗礼者ヨハネより、後継指名されていたと考えることができます。

 

では、荒野にあった人々に教えを説く洗礼者ヨハネとは、何者であったのでしょうか。あるいは、ギザの砂漠、あるいは、両バビロンの何れかで、秘かに、その超古代宗教の教えを伝えていた隠者であったとも考えることができます。イエスは、後継指名されているとともに、洗礼者ヨハネ亡き後に、その教団も吸収しております。イエスの愛弟子とされる「聖ヨハネ」とは、ヨハネ教団を意味しているという有力説があるそうです。(続く)

 

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イスカリオテのユダがゲッセマネから逃げ出した理由

 イスカリオテのユダが、盗賊であったといたしますと、ベタニアでマリヤムという女性信者が、イエスに香油を注いだ際に、「無駄な行為」であると非難した理由もわかります(イエスは、自らの肉体をエンバームしてミイラとなろうとしていた?)。古代にあって、特に窃盗罪が「地獄行き確実」となることは、先述いたしました。ユダは、もとより盗賊ですので、天界に行けるわけはありません。それゆえに、天界行きと魂の復活のための準備をしているイエスと、イエスと命運をともにしようとしていた弟子たちを、苦々しく見ていたと推測することができます(麻布を体に巻き付けてミイラとなろうとしていた弟子もいた?)。

 

ユダは、皆と一緒に、ゲッセマネで命を絶ちますと、自分だけが、地獄行きとなってしまいますので、その場から逃げ出したということになります。さらに、窃盗を禁じるイエスを亡き者にしようと大祭司当局と手を組み、イエスを盗賊バラバということにして誤認逮捕させようと考えたのでしょう。すなわち、イスカリオテのユダは、イエスを30ディナリオンで奴隷として売り払うとともに、イエスを盗賊に仕立てあげて地獄行きにしようとしたということになります。

 

イスカリオテのユダが、性悪で酷い人であったということになりますと、なぜ、イエスは、ユダを弟子にしたのか、という疑問が生じます。おそらく、ユダは「なぜ、この香油は、300デナリオンで売られ、乞食たちに与えられなかったのか」と言ったように、常々、弱者の味方のふりをしており、表面だけを見れば、博愛主義者で、善良な人物に見えたからなのではないでしょうか。(続く)

 

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偽善者・イスカリオテのユダ

イエスは、イエスが盗賊の頭として捕縛・処刑されるとなれば、その仲間と見做されては困る弟子たちは、一目散に逃げて生き残るのではないか、と考えたことは、先述いたしました。盗賊の頭として誤認逮捕されるという計画にはうってつけの人物がおりました。それが、イスカリオテのユダでした。イスカリオテのユダは、素行が悪く、『ヨハネによる福音書』によると守銭奴の泥棒であったようです。イエス捕縛の前日、ベタニアという場所で、マリヤムという女性信者が、イエスの頭から注いだ香油が、300デナリオン(現在の価値で数百万円)であったことは先述いたしました。その際、マリヤムに対して、イスカリオテのユダは、「なぜ、この香油は、300デナリオンで売られ、乞食たちに与えられなかったのか」と非難しております。この発言から、ユダは貧しい人思いの人物であると考えてしまいがちですが、そうではありませんでした。

 

ヨハネによる福音書によりますと、「彼(ユダ)がこう言ったのは、貧しい人たちのことを心にかけていたからではなく、盗人であり、金庫番でありながら、その中身をくすねていたから」であるのです。すなわち、教団の人々に所有品を売らせて教団の金庫に入れさせ、その金庫からお金を盗み取っていた、ということになるのでしょう。「貧しい人に施す」という聞こえのよい口実を建前として、皆に物品を売らせ、売れば売るほど、ユダが盗める金庫のお金が増えるわけですので、ユダは、相当の偽善者、大悪党であったのです。

 

そして、ユダにとりまして、売るものは、物品だけではなかったようです。ユダは、前々からイエスを30デナリオンで、大祭司当局に奴隷として売る計画を持っていたようです。ユダがイエス捕縛の手引き役の報酬として大祭司当局から受け取った30デナリオンは、ちょうど当時の奴隷の相場であるそうです。

 

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倉西研究所音楽室便り『アラベスク第一番』『グラスハーモニカのためのアダージョ』

 

第三回ピアノ演奏 『アラベスク 第一番』

 倉西研究所音楽室の第三回目の演奏に、倉西雅子研究員が初登場しております。曲目は、ドビュッシーの『アラベスク 第一番』。同曲も、『アラベスク第二番』と同じようにスピーディーに弾かれてしまうことが多い曲なのですが、本研究所では、もう少し情緒豊かにゆっくりと弾いたほうがよいのではないか、ということで、本日アップした演奏となりました(出来栄えはともかくとして…)。

 

 ドビッシーは、自らのある作品について、弟子がスピーディーに弾くのを聞いて「そのように早く弾かれてしまったら、それは、もう私の曲ではない」と言ったそうです。もしや『アラベスク第一番』?と考えるのは、私たちだけでしょうか。

 

第四回ピアノ演奏 モーツアルトの『グラスハーモニカのためのアダージョ』

さて、本日は、もう一曲、倉西裕子研究員の演奏によるモーツアルトの『グラスハーモニカのためのアダージョ』K356をアップいたします。ドビュッシーの『アラベスク 第一番』とは逆に、テンポを速めることのみで、「ピアノのための変奏曲」にしてみました。アダージョであることに加えて、グラスハーモニカは、ガラスでできた小型パイプオルガンのような楽器ですので、ゆっくりとした演奏となるところを、テンポを速めてしまいましたので、モーツアルト先生から、「そのように早く弾かれてしまったら、それは、もう私の曲ではない」と叱られてしまうかもしれません。ついでに、「もっと上手に弾いてくれ」とおっしゃられるかもしれません。

 本日、アップした写真は、御年3~4歳ごろの私ども双子の倉西裕子雅子姉妹による最初で最後となった「ピアノの発表会」のワンショットです。

  

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人類の文明・文化を発展させた窃盗罪

弟子を生かすにはどうしたらよいのか。イエスの一計とは、「イエスがヘロデ朝当局によって盗賊の頭として誤認逮捕されることによって、自分たちも盗賊一味として誤認逮捕されることを恐れた弟子たちが、イエスのもとから逃亡するよう仕向けた」というものであったと推測することができます。なぜ、かくも大切なイエスを見捨てるほど、弟子たちは盗賊として捕縛されることを忌み嫌ったのか、そして、イエスが、この計画ですと、弟子たちは確実に逃げるであろうと予測できたのか、そこには、文明史上、最も重要な「窃盗罪」の問題が介在してまいります。

 

窃盗罪は、殺人罪より社会的な合意形成が難しい罪です。生命は、すべての人々が等しく有しておりますので、殺人罪は、いわば相互に自らの安全を保障するための、社会契約とでも言うべき罪状であり、皆がその存在に納得しています。ところが、窃盗罪は、いわゆる「持てる者」と「持たざる者」があるゆえに、「持てる者」は、窃盗罪を設けることを望み、「持たざる者」は望まないという状態が生じてしまうのです。「持てる者」から窃盗してくればよいということになりますので、「持たざる者」にとりましては、窃盗罪はない方がよいということになるのでしょう。

 

しかしながら、窃盗罪がないと、この社会と経済はどうなってしまうのでしょうか。まず、人々は安心して暮らすことは不可能です。常に他者から奪われることを恐れる一方で、自らも窃盗のチャンスを狙いながら生活することになります。また、誰かに奪われることが分かっているのですから、物を作ることも放棄してしまいます。つまり、生産、流通、販売といった経済システムがすべて成り立たなくなるのです。地球上のすべての物質をめぐって互いに取り合う状態が永続しますので、人々は家もなく、所有物もなく、食糧もないという状態になってしまうのです。この状態は地獄に等しく、動物の世界のような有様となるのです。

 

このように考えますと、窃盗罪は、大変重要な罪であり、世界最古の刑法であるシュメールの「ウル・ナム法典」にも窃盗罪と刑罰は定められております。また、近代的な刑法が整っていない場合には、宗教的に窃盗は罪とされました。エジプトの『死者の書』でも窃盗を行えば、死後の裁判で魂消滅の罪を言い渡されかねず、「モーゼの十戒」にも「汝盗むなかれ」とあり、神によって罰せられる大罪であったと言えましょう。イスラム教でも、窃盗は、右手を切断される重罪なのです。

 

すなわち、聖俗両世界における‘窃盗を禁じる法’の定立と施行によって、人間は、安心して暮らせる「人間らしい生活」ができるようになり、文明・文化を発展させてきたとも言えましょう。洗礼者ヨハネやイエスが継承したプロト・キリスト教でも、窃盗罪は地獄行きが確実の非常に重い罪であったわけです。因みに、「持たざる者」は窃盗罪に同意しないとする反論もありましょうが、重要なのは、窃盗罪を廃止することではなく、凡そすべての人々が「持てる者」となる経済システムを構築することのように思えます。イエスの教団が、施しに熱心であったのも、経済の未熟な古代の段階にあって、せめてもの方策であったのかもしれません(今日では、施しよりも経済システムの構築が重要)。

 

さて、そこで、イエスは、イエスが盗賊の頭として捕縛・処刑されるとなれば、その仲間と見做されて、「自分たちも盗賊として逮捕・処刑されては困る」として弟子たちは、一目散に逃げるのではないか、と考えるわけです。すなわち、ゲッセマネの園に横たわって天界行きの準備を整え(既にミイラのいでたちとなっていた弟子もあった)、「天界行きは確実」と思っていたところ、突如として、その逆の「地獄行きは確実」となってしまいましたので、弟子たちは慌てて逃げたということになるのでしょう。(続く)