米国大統領選挙はEV車大量在庫問題を争点とすべきでは?
米国大統領選挙は、民主党バイデン現大統領の選挙戦からの撤退をもって、共和党トランプ前大統領の優勢のもとに進展するのではないかという大方の予測に反し、カマラ現副大統領の善戦が報じられ、混迷を深めるに至っております。7月に発生した暗殺未遂事件における奇跡的生還を以って、さらに支持者を増やしたはずのトランプ候補は、なぜ、失速するようになったのでしょうか。
トランプ候補の支持率低下のターニングポイントは、マスコミに強い影響力を持つ民主党側による“カマラ候補の支持率拡大キャンペーン”の成果にあるのではなく、むしろトランプ陣営におけるEV車問題への対応の変化にある可能性を指摘することができます。
これまでトランプ大統領を支持してきた層は、副大統領候補のバンス氏が「ラストベルト地帯」の選挙民の代表とも言える背景を持っていることに明示されますように、自動車産業を中心とした鉄鋼産業の労働者層の人々であったようです。トランプ氏を支持していた理由は、雇用の確保にあり、特に、トランプ陣営が、自動車産業におけるEV車製造への転換に反対していた点に求めることができます。
EV車は、有害ガスを排出しないためクリーンな移動手段とされておりますが、EV車の製造も温暖化ガスが大量に排出されることに加え、EV車の普及は、“廉価な電力の量的安定供給”を前提としています。高い電力料金(高い燃費)や、電力供給が逼迫する事態の発生(燃料切れ)が想定される現状において、消費者のEV車への購入意欲が低いことは当然のことです(走行距離の長い米国では、充電施設不足と冬場における使用不能が大きな問題)。“廉価な電力の量的安定供給”問題の解決には、原子力発電が最も適しておりますが、原発事故への不安から、総電力供給量における原子力発電の割合は大きいわけではなく、米国でも18.9%ほどです。さらに、再生エネ推進問題が、この問題に大きな影響を与えております。
太陽光や風力といった自然エネルギーに依拠して発電する再生エネは、原子力発電所における放射能漏れや爆発事故、水力発電所における土砂堆積、並びに、火力発電所における化石・鉱物燃料の高騰や枯渇による供給不足や二酸化炭素の排出などの様々な環境汚染問題を解決するための新たなクリーンなエネルギーとして注目され、各国ともに再生エネへの転換が進められております。しかしながら、再生エネは、発電に費用が掛かることに加えて、量的にも安定的にも供給することが難しいエネルギーです。すなわち、再生エネは、クリーンなエネルギーではあるけれども、“高価な電力の少量不安定供給”を齎しているのです(もっとも、取り換えが必要とされる太陽光パネルが製造過程で有害物質を発生させ、その廃棄も環境汚染となるとされていますように、再生エネは、必ずしも「クリーンエネルギー」であるとも言えません)。
このことから、現在、世界各国が邁進している“EV車への転換”と“再生エネへの転換”という2つの大きな目標は、逆方向を向いた二律背反状態となっております。すなわち、“再生エネへの転換”を進めれば進めるほど、EV車の在庫が積みあがるという構図になるのです。現状から見ますと、電力料金の高さが、各国政府の課題となっておりますように、“再生エネへの転換”による“高価な電力の少量不安定供給”の方向が優っているようです。
従いまして、既にEV車の大量在庫問題が生じておりますように、売れないEV車をいくら生産しても、自動車企業の利益に繋がらず、労働者の解雇に繋がってしまうことになるのです。この点に気づいていた米国自動車産業の労働者層は、現民主党政権が親EV車派であることを憂慮して、EV車に反対していた共和党トランプ候補を支持したということになります。
ところが、EV車に反対してきたはずのトランプ陣営が、共和党における大統領候補の指名を確実にした7月末に、突然、EV車推進派のイーロン・マスク氏から巨額の献金と支持を受けるという奇妙な事態が発生することとなりました。マスク氏の献金の目的は、マスク氏が反EV車派に鞍替えしたのではなく、トランプ陣営を親EV車派に取り込むことにあったと考えることができます。このことによって、これまでトランプ陣営を支持していた層にも変化が見られ、カマラ候補の支持者を増やす結果となったのではないか、と推測することができます。現に、全米自動車労働組合(UAW)は7月31日にカマラ候補への支持を表明しております。
こうした現状に鑑みますと、トランプ候補とカマラ候補は、両者ともに反EV車派なのか、それとも、親EV車派なのであるのか、その態度を明確にする必要があり、9月開催予定のトランプ候補とカマラ候補との公開討論会におきましては、EV車問題は、ぜひ、争点とすべきテーマとなるのではないでしょうか。気が付いてみますと、両候補者ともに、親EV車派となっており、反EV車派の米国の有権者には、「投票する大統領候補者がいない」という状態となっていないとも限りません。さらに、どちらが大統領となっても、親EV車派政権となり、EV車の在庫が積みあがるとともに、失業者が増大することにもなりかねません。自動車産業は、世界経済をリードする巨大産業であり、EV車への転換によるEV車大量在庫問題は、連鎖的に経済を破綻させかねない危険をはらんでいる以上、米国のみならず、世界が注目すべき問題であると言えるのです。