時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

イエズス会はなぜ文明人の女性を憎むのか

  今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。10月15日にNHKにて放映された『父を捜して』という番組において、日本軍元捕虜たちの帰国後における特に女性に対する虐待のすさまじさから、イエズス会の女性観問題も浮かび上がってまいります。すなわち、イエズス会士たちは、捕虜たちに「憎しみこそ生き残るためのすべである」であるという思想を植え付けるとともに、女性を自らにとって便利な道具としてのみ見る自己中心的男性至上主義思想をも植え付けていたと推測することができるのです。
 
 この問題は、人類には、もとからの進化的・遺伝的相違による2種類の人類があるという問題でもあります。PTSDを患った患者は、治療によって‘まともな理性的人間’に戻る、もしくは、なることができますが、動物から二足歩行で曲がりなりにも道具が使える‘人類(ホモ・サピエンス)’への進化の過程において、人類の男性には、最初から女性観が異なる二種類の男性があるようです。このことは類人猿のなかに、男性優位の群れ社会を形成するチンパンジーと、比較的に男女対等、あるいは、女性優位の群れ社会を形成するボノボがあることによっても示唆されます。
 
 イエズス会士が、非文明世界に親近感を持つ人々によって成り立っている点は昨日述べましたが、非文明世界には、自己中心的男性至上主義思想を持つ人々が多いという特徴があります。その理由は、非文明世界の男性は、子孫(自らの遺伝子)を増大させることを人生の目標としてしまっているところにあります。自己中心的男性至上主義思想とは、数の論理における覇権主義であり、ボス猿のみが、群れのメス猿たちを独占してその子孫を増やそうとすることに近い心理と言えます。従いまして、子孫(自らの遺伝子)さえ増やせばよいとなりますと、非嫡出児であろうともかまわないということになりますので、非文明世界の男性は、女性の基本的権利を無視して自己中心に徹し、より多くの女性に近づことする性質を持つようになったようなのです(悪名高い‘ハーレム’がその典型)。
 
しかしながら、文明社会における男性や女性の人生の目標は、子孫を残すことではなく、知性に満ち、道徳心高く、かつ、美をも尊重する文化・文明を残すことにあります。文明社会という高度で複雑な社会を維持、発展させるためには、女性の役割は重要であり、子供に教育を施すことも含めて、その頭脳や感性をもって家庭のみならず社会にも参画し、貢献することが必要とされます。この目的のために、文明社会におきましては、女性は男性同様に高い教育や教養、すなわち、精神の豊かさをも身に着けているのです。
 
イルミナティーにとりまして、こうした文明人の女性ほど、その世界支配計画に邪魔な存在はありません。イルミナティーは、人類の非文明化・動物化・家畜化を目指しておりますので、文明社会の維持・発展に貢献している女性たちを排除したいと考えているはずなのです。イルミナティーは、「憎しみこそ生き残るためのすべである」であるという思想の持ち主ですので、文明人の女性たちに対する憎悪は、常軌を逸していると考えることもできるでしょう(戦国時代、イエズス会士が、日本人女性たちを海外に奴隷として売りとばしたことも、その一環ではないでしょうか)。
 
 かくてイエズス会士たちを含むイルミナティーは、こうした文明社会の女性たちの価値観・人生観とはまったく異なる価値観・人生観を持つ非文明世界の女性たちを「黒マリア」として礼賛し、‘王室’・‘皇室’などの重要な地位に就けたり(貞明皇后の「黒姫」など)、所謂‘時代の寵児’として持て囃すとともに(マタ・ハリエリザベス・テーラーなど)、戦時における捕虜収容所なども含む、宗教活動が許されている施設や教育機関などにおいて、現在でも、陰に陽に、自己中心的男性至上主義思想を植付けようと、世界の男性たちを洗脳しているのではないか、と推測することができるのです。

 
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(続く)