イエズス会の創始者であるイグナティウス・ロヨラとフランシスコ・ザビエルは、イベリア半島のバスク地方の出身であり、「ヴァスコニアは西ヨーロッパの人々によって野蛮性が強調され、「破壊者」「浮浪者」「略奪者」などと呼ばれた」ように、野蛮な略奪行為を好み、戦闘的なバスク人気質は、まさにイエズス会(フランシスコ派)気質とも言うことができます。
さらに、両者は、セファルディ系ユダヤ人、すなわち、アフリカやアジアに起源を持つ「黒いユダヤ人」でもありました(おそらくは、両者は父方か母方のどちらかが黒いユダヤ人でどちらかがバスク人。もしくは、長年、バスク地方に住みついていたため、バスク人気質となっていた黒いユダヤ人)。「黒いユダヤ人」の気質は、「バビロニア系ユダヤ教」の信奉者であることによる強い自己中心主義によって齎される、騙しを良しとする狡猾さ、支配欲、そして攻撃的排他主義にあります。
従いまして、ロヨラとザビエルの性格は、バスク人気質と黒いユダヤ人気質を合体させたようなものであったはずであり、悪魔の如くに極めて悪しき気質であったということになるのです。このような体質のイエズス会(フランシスコ派)が、キリスト教の仮面を被って日本で布教活動を行ったわけですので、日本に混乱が齎されないわけはありません。芥川龍之介の短編小説に「煙草と悪魔」という作品があり、その「悪魔なるものは、天主教の伴天連(恐らくは、フランシス上人)がはるばる日本へつれて来たさうである」という一文は、イエズス会(フランシスコ派)の真の姿を見抜いての芥川の表現であるのでしょう。
記紀神話は、素戔嗚尊(スサノオノミコト)は、統治能力に欠け、粗暴で、野蛮であったため、国土は荒廃し、多くの若者が戦争にかりたてられて亡くなったと記しております。さらに、高天原への侵略も、今日の移民を用いた「静かなる侵略silent invasion」と同様に、ずる賢くも“平和的在留”を装ったものでありました。さらに、あの手この手の嫌がらせで、天照大神を廃除してゆく手法は、排他主義の典型とも言えます。
このことから、16世紀末以降のイエズス会(フランシスコ派)による日本での布教活動を通して『日本書紀』や『古事記』を手にするようになったイルミナティーのメンバーが、記紀神話の素戔嗚尊(スサノオノミコト)の気質が、自らの気質と似ていることに気づき、素戔嗚尊(
スサノオノミコト)を利用しようと考えたのではないか、推測することができるのです。
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(続く)