時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

神様は邪悪な者に石を投げつけるのか?The God Throws a Stone at Evil Existence?

 今日は、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。

 前回(10月22日)、本ブログにて、「‘生物のはじまり’の瞬間は、地球の歴史上、ただ一度しか起こらなかった」とする仮説を提起させていただきました。換言いたしますと、時間は不可逆的に進み、地球史上ただ一度の‘生物のはじまり’の瞬間において、既に、遠い将来において、人類が生じることはプログラミングされていた、ということになります。人類という知的生命体が生じてきたことは、必然であるということになるのです。

 この仮説に対しまして反論があるとすれば、’仮に、恐竜が滅ばなかったのならば、人類は存在していなかったのではないか’、という主張でしょう。恐竜の偶然の滅亡が、人類を含めた哺乳類の繁栄と進化を促したと考えられているからです。

 恐竜は、巨大な隕石の落下による気候変動によって絶滅したとされています。ここで、理神論を持ち出して、この恐竜絶滅を説明してみることにしましょう。理神論にもとづきますと、神様は、隕石を地球に投げつけることによって、恐竜を絶滅させ、生物が、知的生命体である人類へと進化するように計らったということになります。このように考えますと、恐竜の生き残りが、爬虫類であることと、『聖書』におきましては、爬虫類のヘビが人間を悪へとそそのかすサタンの象徴とされていることには、関係がありそうです。

 神様は、生物の知的発展を阻害するような邪悪な存在を、石を投げつけることで滅ぼすのかもしれません。『聖書』において、ダビデが、あたかも恐竜のように巨大で邪悪なゴリアテを、石を投げつけることによって負かしたように。

(次回につづく)