時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

『China 2049』と『吉備大臣入唐絵巻』から見えてくる中国の『兵法三十六計』の脅威(パート8)

今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が、昨今、反響を呼んでおります『China 2049』に関連して、『吉備大臣入唐絵巻』から見えてくる中国問題の記事を書かせていただきます。
 
 「天無二日 土無二王」という考えは、諸国間の調和を謳う国際協調主義に反する考えであり、今日におきましては、通用しない、むしろ、非難されるべき考えであることの歴史的理由につきまして、今日は、扱ってまいります。
 
「天無二日 土無二王」という言葉は、いわゆる「世界の覇者」をめぐる争いを容認している思想ともなりますが、歴史的に見て、「世界の覇者」という事象は、特に、ヨーロッパにおいて、看取することができます。例えば、「ローマ帝国の末裔」を自負するイタリア、「日の沈むことの無い帝国」と称された16世紀の大航海時代のスペイン、ローマ帝国の復活を謳うかのように、神聖ローマ帝国を築き上げたオーストリア、皇帝となってヨーロッパ各国をその支配下に入れることを目前としたナポレオン時代のフランス、逸早く産業革命に成功し、「七つの海を支配」したと称されたイギリス、そして、ヨーロッパのほぼ全土を手中におさめたナチス政権下のドイツなど、ヨーロッパ各国の多くは、それぞれ、一時期ではあれ、「世界の覇者」を自認できるだけの歴史を持っている、と言うことができます。
 
そのヨーロッパにおきまして、特に、第二次世界大戦後、諸国間の調和を謳う国際協調主義が、世論の主流となり、ヨーロッパ連合EU)といった集団的安全保障の機構が設けられたことの理由は、「世界の覇者」をめぐる争いが、多くの災禍がもたらすことを、人々が十分に認識しているからではないか、と推測することができます。「世界の覇者」をめぐる争いによってもたらされる災禍の典型例が、ナチス・ドイツによるヨーロッパ各国への武力侵攻と制圧であり、攻撃戦と防衛戦によりまして、ヨーロッパの多くの都市が破壊され、優雅で、洗練されたヨーロッパ文明は、滅亡の危機に瀕することになりました。このことから、原子爆弾がつくられるようになった今日、ナチス・ドイツと同じように、武力制覇を狙う国が、仮に現れますと、核戦争となって全ての文明が滅亡するであろう、という予測を、多くの人々が共有するようになっているのです。
 
 こうした歴史の教訓から、「天無二日 土無二王」という考えは、ヨーロッパでは忌み嫌われているということになります。ところが、中国では、「天無二日 土無二王」という考えに対して、その危険性を認識している人は、少ないように感じられます。中国では、文化大革命がありましたように、自国の歴史に根差した文化を尊重するといった考えが希薄であり、中国共産党は、もとより文明や文化を破壊するといった行為に対して‘悪い事である’とする意識に欠けているようなのです。
 
「天無二日 土無二王」という考えを、諸国間の調和を謳う今日の国際協調主義に反する考えとして、排することができるか否かは、この言葉の持つ危険性を、人々が、歴史の教訓として、どの程度認識しているのか、といった点ともかかわっている、と言えます。仮に、世界におきまして、リーダーとなるような国が必要であるのでしたならば、その国は、「天無二日 土無二王」といった考えを排して、諸国間の調和を謳う今日の国際協調主義の維持に尽力する国である、ということになるでしょう。
 
(続く)
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