時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

今日の世界が抱える本質的問題を描いている『蝿の王The Load of the Flies』

本日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が、記事を書かせていただきます。さて、蝿の王The Load of the Flies』における文明の象徴たるラルフと非文明の象徴たるジャックとの争いは、どのような結末に至るのでしょうか。
 
輪になって踊る奇妙で野卑なダンスパーティーにラルフ側の少年達を招き入れたジャックは、徐々に彼らを自らの非文明コミュニティー側に引き寄せてゆきます。こうして勢力拡大に成功したジャックは、自らの支配者としての地位を安泰させたいがゆえに、ラルフが救難のために灯し続けていた狼煙の火を消し、文明世界への回帰の道を閉ざしてしまうのです。さらに、ジャックは、島の独占支配、並びに、ラルフによって象徴される‘文明’自体の消滅を狙い、ついにラルフを亡き者にしようと島の森林に火を放つのでした。
 
放たれた火はまたたくまに島一面に燃え広がり、燃え盛る火炎は、浜辺に追い詰められラルフを呑み込もうとします。力尽き、浜辺に倒れ込んだラルフは絶体絶命の危機を迎えます。ところが、そこに突然、ラルフに声をかける者が現れるのです。それは、近海を航行していた英国海軍の軍人で、遠方の島から濛々と立ち上る煙に気づき、様子を観察しようと島に上陸したところ、そこにラルフを発見したというのです。
 
こうしてラルフは助かるわけですが、この小説は、以下の様々な点から、『聖書』の「最後の審判の日」に通じる人間の本質と正邪のテーマ、そして、現代の世界が抱えている今日的な問題をも取っているように思えます。
 
1)文明世界の人々と非文明世界の人々は必然的に対立する(『聖書』では、非文明世界の人々を、サタンの化身とされる「赤いドラゴンthe Red Dragon」、「野獣the beast」、「にせ予言者the false prophet」と表現)
2)文明世界の人々と非文明世界の人々とのメンタリティーの違いは、人類の進化(歴史)の過程の違いによって発生している(『蠅の王』では、ラルフは文明・教養・ヒューマニティーの豊かな家庭で育ったハンサムな少年、一方のジャックは、出自不明の孤児であるがゆえに、教会の経営する孤児院の合唱団の粗野な少年という設定になっている。ジャック側のコミュニティーには出自不明者が多い)
3)非文明世界の人々は文明を憎み、文明の抹殺を望んでいる。
4)非文明世界の人々の方が支配欲が強い。
5)非文明側の方が謀略や人心掌握術に長けているがゆえに、勢力を拡大し易い。
6)非人道的な行為が度を越すと、外部の人々にも気が付かれ(”暴露”)、支配計画が崩壊する。 
 
島に漂着した少年の対立問題を描きながら、蝿の王The Load of the Flies』は、今日、世界が抱えている本質的な問題をも描いていると言うことができます。

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(続く)