時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

ネオ・ユダヤ人の中国支配

本日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が、記事を書かせていただきます。英王室と結びつくようになったロスチャイルド家を中心としたネオ・ユダヤ組織の勢力拡大について、今日は、中国大陸について考えてみることにしましょう。ヴィクトリア女王の即位によって王室利用へとその世界戦略を転換させたと推測されるネオ・ユダヤ組織にとりまして、清朝(1616~1911年)の政治体制は、都合がよかったと言うことができます。中国大陸の歴代王朝では、民主主義は存在せず、天子(皇帝)による専制政治が常であったからです。
 
ヴィクトリア女王の即位から僅か3年後の1840年に清朝との間にアヘン戦争が勃発したことは、単なる偶然では無いのかもしれません。アヘン戦争以降の目覚ましい英国の中国大陸への進出の背景には、清朝宮廷の腐敗を挙げることができます。本来は、軍事防衛費に充てるべき国家予算を、西太后頤和園という庭園の建設にあてるなど、浪費的な宮廷生活に費やしたことが、清朝弱体化の一因があると指摘されております。ネオ・ユダヤ人は、賄賂、籠絡などの手段を用いることを得意とする集団でしたので、またたくまに、英国、否、ロスチャイルド勢力は、中国大陸にもその勢力を拡大したと考えることができるのです。中国には元よりユダヤ人が居住しており、例えば、明の建国者である朱元璋中華人民共和国で首相を務めた朱鎔基など、”朱”を氏姓としていたとも伝わりますので、これらの人々のネットワークも活用されたかもしれません。
 
そして、こうした動きと並行して見落としてはならない点は、ネオ・ユダヤ勢力の特徴が、その成立過程において、隠れイスラム教徒、モンゴル系の人々、イエズス会との繋がる様々な民族や階層、さらには、王侯貴族から盗賊や海賊までをも含む雑多性(多様性?)にあることです。しかも、‘最上流’と‘最下層’が、共にネオ・ユダヤ組織の配下に置かれ、その手先として操られているのです。‘最上流’と‘最下層’との連携によって、‘善良なる中間層’を追い詰めてゆくというサンドウィッチ手法こそ、ネオ・ユダヤ人組織の常套手段なのです。
 
この手法は、イエズス会大航海時代に世界各国で実行した手法を踏襲したものと考えられますが、まさに、イギリスの大英帝国建設期にあってカール・マルクスによって、『共産党宣言』が出版されたのも、偶然では無いのかもしれないのです。ネオ・ユダヤ組織は、‘最下層’の人々を組織化し、‘共産党’という政治・軍事組織をつくっていったようです。中国大陸も例外ではなく、後に中国共産党政権が成立する土壌を秘かに準備していたということになりましょう。マルクスは、”北方遊牧民族による南方農耕民族の支配管理制度であった均田制から”共有思想”の着想を得た可能性もあるのです。そして、清朝を堕落させる一方で、孫文蒋介石の背後にもコミンテルンの影が見え隠れしているのも、この手法から理解されます。
 
 よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
   
(続く)