時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

ユダヤ人差別はモンゴルとの関係から生じたのか?

 本日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が、記事を書かせていただきます。想像を絶するようなモンゴルの残虐性は、所謂「ユダヤ人差別」の問題を齎したのではないか、と推測することができます。1290年に英国におきまして、ユダヤ人追放が行われます。1290年という年代は、1096年の第一次十字軍にはじまる十字軍活動が、およそ終焉した年代でもあります。3月28日付本ブログにて、十字軍の停止の理由について以下のように述べました。
 
ヴェネチア商人が、世界大の‘ユダヤ人’ネットワークを通して、モンゴルとの間に謂わば‘独占奴隷貿易契約’を実現させ、キリスト教徒を奴隷としてイスラム諸国に大量に売った結果、十字軍は、奴隷となっていたキリスト教徒と戦うことになってしまい、もはや意味をなさなくなってしまったようなのです。‘同士討ち’ということになりなり、ヨーロッパ諸国が十字軍に力を入れれば入れるほど、キリスト教徒が減少してゆく、という結果となってしまうからです。これに気付いたヨーロッパ諸国は、十字軍を停止した、ということになるでしょう。」
 
 
このことから、‘ユダヤ人’がモンゴルと手を結んでいるという情報が十字軍より伝わり、ヨーロッパでは、悪逆非道なモンゴル人とユダヤ人が同一視されるようになってしまった、と推測することができます。モンゴル側の全権外交使節となったマスター・ロバートがユダヤ人であった可能性が極めて高いことも、この点を補います。
 
すなわち、十字軍の終焉とユダヤ人の追放が機を一にしていることは、偶然では無いようなのです。モンゴルは、残忍の限りを尽くしてヨーロッパを蹂躙し、大量虐殺し、かつ、奴隷として売り払おうとしたわけですので、モンゴル人への憎しみは、‘ユダヤ人’への憎しみに転化されたのかもしれなせん。
 
ユダヤ人’と称される人々には、「ヘブライ12(13)支族」からなる先祖伝来のユダヤ人、並びに、紀元前1世紀頃よりユダヤ教に改宗することで加わってきた様々な民族、すなわち、ネオ・ユダヤ人たちから構成されていることは、本ブログにて、再三にわたって述べてまいりました。「モーゼの十戒the Ten Commandments」を守る人々のメンタリティーは、モンゴル人のメンタリティーとは、正反対と言えるのですが、ユダヤ教に改宗しながら、戒律には無頓着なネオ・ユダヤ人たちが加わって、モンゴルと手を結び、奴隷貿易やヨーロッパ文明破壊活動と密接に関わるようになったことから、ユダヤ人全体に対するイメージは、著しく悪化したと考えることができます。
 
アンネ・フランクの「ユダヤ人の中に、悪い人がいるから、私たちまで、このようなひどい目にあってしまう」という嘆きの言葉は、既に13世紀から始まっていたと言えましょう。

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(続く)