時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

ブリューゲルの『バベルの塔』の怖い寓意

今日は、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。ピーテル・ブリューゲル1525-1530年頃生 - 156999日没)の『雪中の狩人』Jagersin de sneeuwの寓意について昨日は扱いましたが、本日は、同じくブリューゲルの作品、『バベルの塔』の寓意について扱います。
 
バベルの塔』は、1563年頃に製作された作品で、画面左下には、石切り場で奴隷のように働く人々とその様子を視察しに来ている君主と思しき人物の一行が描かれ、その中央には、空に聳えながらも、その設計上の欠点によって、いまにも崩れ落ちそうなバベルの塔の姿が描かれております。
 
まず、石切り場で働く人々と君主一行の姿は、『聖書』「旧約聖書」の出エジプトThe Exodusを想起させます。ファラオの迫害によって石切り場で働くようなり、その過酷な労働に耐えきれないモーゼたちが、出エジプトを行うことになるわけですので、この絵画のなかの君主とは、ファラオのことであり、ブリューゲルバベルの塔はファラオによって作られているという寓意を持っていることになります。
 
では、16世紀、ブリューゲルの時代におけるファラオとは、誰を意味しているのでしょうか。ブリューゲルの時代は、マゼランの世界一周によって、地球が球体であることが判明するとともに、‘世界支配’という概念も登場してきた時代でもあります。これまでは、海のかなたには‘奈落’があると考えられており、海も含めた‘地上the Earth’が、いったいどこまで続いているのか判然としない状態にありました。しかしながら、マゼランの世界一周によって球体であることが証明され、その球面が、‘地上the Earth’であることが、明らかとなったと言うことができるのです。そこで、「その球面全体を支配すれば、‘世界支配’は可能である」という考え方が生じてきたわけです。
 
ブリューゲルの時代に、‘世界支配’を目指す人々が生じてきていたことは、早速、世界展開を始めたイエズス会の活動によっても窺うことができます。ブリューゲルは、‘世界支配’をバベルの塔に喩えたと推測することができ、また、その施工主をファラオとして認識したことには、‘世界支配’を狙っている人々は、『モーゼの十戒』という基本的倫理観や道徳観を持ち合わせていない反キリスト教者であると考えていたことを示しております。そして、現実に、それは、そのとおりであったからではないか、と推測することができるのです。
 
設計上の欠陥によって今にも崩れ落ちそうなバベルの塔を背景に、頑迷に、そして、過酷にその建設を進めようとする権力者の姿は、今日における新グローバリストの姿にも重なってくるのではないでしょうか。

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(続く)