時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

イエズス会の脅威を描いた『ネーデルランドの諺』?

  今日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。昨日の日経新聞日曜版(2018年7月8日)に、ピーテル・ブリューゲルPieter Bruegel1525-1530年頃生 - 156999日没)の『ネーデルランドの諺』という絵画が紹介されておりました。ブューゲルにつきましては、『雪中の狩人』と‘西郷隆盛’との関連などにおいて、カトリックイエズス会)への批判・非難を絵画で表現した画家として、本ブログにて扱っておりますが、『ネーデルランドの諺』も、この視点から見ますと、興味深い表現描写を見つけることができます。
 
この絵には、判明しているだけで85種類もの諺が、見事な構図で配置されているといいます。なぜ、見事な配置であるのかと言いますと、一つ一つの諺を表す一つ一つの図柄が独立して描かれているのではなく、配置を通して、それぞれの図柄同士に関連を持たせることで、繋がりを持たせている点にあるそうです。そこで、画面中央右下に目を向けますと、暗い球体に身をかがめて頭を突っ込む男性がおり、「うまく世渡りしたいのなら、身をかがめねばならぬ」という諺、すなわち、権力者にへつらい、裏街道も歩くことで出生する人間のありさまを表現する図柄が描かれ、その右側には、その権力者が、左手の親指に地球儀を乗せた姿が描かれ、「親指の上で世界を回す」という諺が表現され、さらに、その権力者の足元には、棒によってその回転を制止された車輪が描かれ、‘予期せぬ妨害’を意味しているそうです。
 
このような構図は、日経日曜版は、「3つは明らかに意図的なつながりを持って並べられている」と解説されておりますが、ちょうど権力者の親指の上の地球儀の真上に、イエス・キリストが、まったく同じ地球儀を膝の上にのせて椅子に座り、そのキリストのもとに跪いてイエスにすがり、まさにその頭部に手を伸ばそうとしている修道士の姿が描かれております。このことは、3つではなく、最低4つの図柄が意図的に繋がっていることを示しております(お手元に、日経日曜版(16・17頁)がございましたならば、ご確認いただけましたならば幸いです)。
 
おそらく、暗い球体が地獄、権力者の地球儀が現世(地)、そして、イエス・キリストの持つ地球儀が天上の世界(天)を表現していると推測することができます。そして、イエス・キリストにすがりながら、その頭部に手を伸ばしている修道士は、イエズス会士に見えてまいります。こうした図柄が示す諺が、どのような諺であるのか、残念ながらまだ確認することができていないのですが、イエズス会が、キリストを乗っ取ろうとしている図柄に見えるのです(このような図柄によって表現されるオランダの諺が、どのような諺であるのか、ご存じの方がいらっしゃいましたなば、ざひお知らせくださいませ)。
 
画面の右中央部には、いまにも落ちそうな地球儀がもう一つ描かれております。オランダは、イベリア半島から多くのスファルディ系の「黒いユダヤ人」が流入してきた地域ですので、ブリューゲルは、こうした「黒いユダヤ人」の流入によって発生したヨーロッパ社会における混乱と恐怖を『ネーデルランドの諺』として表現したのかもしれません。この絵は、絵解くだけの価値のある寓意が、まだまだ多く籠められており、美術史のみならず、政治・国際政治・外交・社会・宗教史においても非常に面白い研究テーマとなるのではないでしょうか。

 
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(続く)