時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

米中冷戦・米中貿易戦争において両陣営を仕切るのは“泥のカーテンclay curtain”か

 本日も、古代史・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。第二次世界大戦末期から顕在化してきた東西冷戦をめぐり、当時の英国首相ウィンストン・チャーチルは、東西両陣営の境界線を「鉄のカーテンiron curtain」と表現いたしました。
 
ベルリンの壁に象徴されますように、冷戦時代、西側諸国と東側諸国の間には、あたかも「鉄のカーテンiron curtain」とも言えるような頑丈で隙間の無い境界線が張り巡らされており、人・物・サービスの行き来はまったくありませんでした。両陣営は、この「鉄のカーテンiron curtain」を挟んで対峙していたのです。核兵器が開発されていたこともあり、「鉄のカーテン」の時代は、人類滅亡が視野に入るような一触即発の状態にありました。『聖書』の預言では、「鉄」は黙示録的な時代に登場する最後で最強の権力体を意味しているようですので、「鉄のカーテン」の時代とは、黙示録的な時代であったと言えるでしょう。
 
では、今般の米中冷戦、米中貿易戦争における両陣営の境界線は、どのような言葉で表現することができるでしょうか。『聖書』には、黙示録的な時代の最後で最強の権力体を表現する言葉として、「鉄iron」と並んで「泥clay」があります。
 
clayで作られたカーテンは、境界線がドロドロしてはっきりせず、流動性があり、また、脆く、至る処にすぐに穴があきます。このような状態は、米中冷戦の状態に近いと言うことができるのではないでしょうか。なぜならば、①ベルリンの壁の消滅に示されますように、東西両陣営を隔てるような象徴的な建造物は存在せず、②冷戦時代と比べて人・物・サービスの行き来は遥かに容易となっており、③東西関係の改善によって国際関係は複雑化し、米中両陣営の境界線は曖昧となり、“抜け穴”や“寝返り”はいくらでも生じ得るからです(日本国政府をめぐっても、米国を向いているのか、中国共産党政権を向いているのか、曖昧に見えるのではないでしょうか。)。
 
こうした現況によって、あたかも米中両陣営の間に「泥のカーテンclay curtain

」が引かれているように見えます。果たして、“泥仕合”が展開されるのでしょうか。


 

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(続く)