時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

講和条約には相互恩赦を

 第二次世界大戦から半世紀以上を過ぎた今日にあっても、米下院の慰安婦問題決議や久間前防衛庁長官の発言は、同盟関係にある両国関係をぎくしゃくさせる要因となっています。戦争状態にあって、交戦国が、敵愾心のエスカレートや戦略上の判断から、相互に戦争法や人道法に違反する行為を行うことは稀ではありません。このため、戦争中に行われた行為をめぐって、双方の間で非難の応酬が続くことがあるのです。
 戦争を法的に終結させる効力を持つのは講和条約ですが、もともと、講和条約には、交戦国が相互恩赦を行う規定が含まれていました。17世紀のヨーロッパ最初の国際戦争と言われた三十年戦争講和条約であるウェストファリア条約には、その共通第二条において、恩赦の条項を置いています。

「このたびの動乱の始まりから、あらゆる場所で、またあらゆる方法で、一方または他方の当事者により相互に敵対的に行われたすべてのことについて、両当事者に永遠の忘却と恩赦のあらんことを。・・・」

 この条文があることによって、全ての締約国は、表向きではあれ、完全に敵愾心を葬り去り、復讐の連鎖を断つことができたのです。相互恩赦の条文は、ウェストファリア条約のみならず、当時の講和条約にはよく見かけることができます。しかしながら、何頃よりか、こうした規定は講和条約に設けらなくなりました。それは、恩赦が、当然に講和条約に含まれる暗黙の了解となったからかもしれません。
 残念なことに、先の戦争をめぐる諍いが絶えない現状を鑑みますと、現在では、この講和条約に含意されていた相互恩赦の心得は忘れ去られてしまったようです。このため、将来の講和条約には、明文の規定を復活させる必要があるのかもしれません。もし、戦争が残した双方のわだかまりを、”永遠の忘却と恩赦”をもってしか解くことができないならば。