時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

”剣はペンより強し”が支配する国

 パキスタンにおいて発生したブット元首相の暗殺事件は、民主化を望む世界中の人々に計り知れない衝撃を与えることになりました。それは、現代という時代においても、剣がペンよりも優る場合があることを、如実に証明したからです。”剣はペンより強し”の原則が支配するようになりますと、人類は、再び野蛮と混乱の坩堝に投げ込まれてしまうことになりましょう。

 それでは、どのようにしたら、ペンは、剣より強くなれるのでしょうか。それはもう、人間が持つ知性や理性というものに頼るしか方法はありません。

 宗教もまた、知性を持つ人間のみが知るものですが、その宗教が暴力を容認するとなりますと、もはやこの宗教は、人間の知性を育む役割を放棄してしまったことになります。暗殺犯は、イスラム原理主義組織であるアルカイダとの繋がりがあるとの報道もなされています。ところが、聖戦を肯定するイスラム教のコーランにおいてさえ、雌牛の章の第190節に、「神の道のために、おまえたちに敵する者と戦え。しかし、度を越して臨んではならない。神は、度を越す者を愛したまわない」とあります。同じイスラム教徒を無慈悲に暗殺することを、本当に、コーランは、許しているのでしょうか(もちろん、異教徒の殺害容認も問題ですが・・・)。

 宗教が知性に反し、暴力を肯定する時、剣はペンよりも強くなります。もし、人類が、暴力の支配から脱することを望むならば、イスラム教の聖職者の方々は、全イスラム教信者に対して、テロリズム、ならびに異教徒への教条的な攻撃を否定しなくてはならないと思うのです。