時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

善意が法秩序を破壊する時

 最近、善意というものが、場合によっては暴力よりも破壊力を持つことを発見することがあります。例えば、不法滞在者であるフィリピン人一家の事件についても、この例に入るのかもしれないと思えるのです。

 マスコミの報道などを見る限り、フィリピン人一家に対して同情的ですし、蕨市の市議会では、全会一致で法務大臣に対して善処を求めたと言います。国外退去処分とすることは非情な措置であり、法務省は、了見が狭いとする非難の声も聞こえてきます。確かに、何も知らされていなかったお子さんは、同情にあたいするのでしょうが、不法滞在の問題は、個人の問題ではありません。いわば、このケースが前例となれば、今後に起きるであろう全ての同様の事件についても、同じ対応が要求されるかもしれないのです(反日的な国家からの不法滞在者も含めて・・・)。また反対に、法務大臣の判断次第となれば、支援者や団体がついている場合のみ、許可されるという不公平も発生します。外国人の在留については、法務大臣に裁量の権限がありますが、それは、あくまでも法律の範囲における裁量であって、法そのものに反することはできないはずです。もし、例外を認めるならば、法務大臣は、越権行為か、立法行為を行うに等しいことにもなりましょう。

 この事件に対して、釈然としない感覚を持つのは、それが、善意や優しさを盾にして、法律を曲げようとしているからのように思えます。このケースに限らず、暴力で不法行為を正当化するよりも、善意の方が、はるかに抵抗なく法秩序を破壊することができるのです。善意というものの破壊力は、暴力にまさるのかもしれません。

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