時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

正倉院の「木画紫檀棊局」が松で作られている理由は製作者の意匠上のアイデア

 今日は、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。今回のテーマは、正倉院御物の「木画紫檀棊局」の製造地問題です。

 本年4月に、宮内庁が、‘正倉院御物の「木画紫檀棊局」は朝鮮製ではないか’と発表して物議をかもしています。調査の結果、「木画紫檀棊局」は、松材の土台に、碁盤の表となる紫檀を張って作られたものでした。このことから、宮内庁は、この碁盤は、木製品を松材で作っていた朝鮮で製造されていた可能性が高い、と発表したのです。しかし、この発表には、首をかしげる人が多く、私もその一人です。

 今日でも、たいへん厚く目の詰まった榧などの木材で、どっしりと分厚く重く作られているように、古来より、碁盤は、重く作るものです。重く作ったことには理由があって、小さくて丸い半球形の碁石は、少しの振動でも動きやすいため、対局者が碁盤に接触するなどして碁盤が動かないよう、安定性を持たせたためであったと推測されます。碁盤が動いて、碁石があるべき目から少しでもずれてしまいますと、地が変わってしまい、ゲームは成り立たなくなってしまうのですから。碁盤の分厚さには、意味があったことになります。

 この点を考えますと、松は、硬質、かつ重量があることから、碁盤には最適です。松材でつくりますと、碁盤を分厚くする必要がなく、「木画紫檀棊局」のように、薄いにもかかわらず、安定性のある碁盤をつくることができるのです。しかしながら、松には松脂が出るといった難点があります。碁盤が松材でつくられない理由は、松脂の問題があるからなのです。

 このような理由から、碁盤は分厚く武骨なものとなりがちなのですが、おそらく、「木画紫檀棊局」の製作者は、実際の対局にも使えるような、重くて動かない碁盤でありながら、繊細で薄く、透かし彫りを施した典雅な碁盤をつくることを目指したのではないかと考えられます。そこで、松材で碁盤の土台をつくりながらも、松脂対策として、表面には紫檀を張ったと推測できるのです。正倉院御物のなかでも第一級品として高い評価を受けている繊細優美な碁盤、「木画紫檀棊局」は、製作者の独創的アイデアのなせる技であったと言えるでしょう。

 すなわち、「木画紫檀棊局」に松材が使われている理由は、この碁盤の製作地にあるのではなく、製作者のすぐれた意匠上のアイデアによるものなのです。「ローマの松」があるように、松は、世界中どこにでもあります。正倉院御物の「鳥毛立女屏風」が、その使われている山鳥の種類から日本製であることが判明しているように、もちろん、「木画紫檀棊局」は、日本でつくられた可能性もあるのです。

(続く)