時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

集団的自衛権を”集団的攻撃権”と解釈する人々

 集団的自衛権の行使容認に対する批判意見は、”日本は戦争ができる国になる”とか、”アメリカと一緒に世界で戦争を始める”とか、”子供たちを戦場に送ることになる”といった懸念の声で満ちております。あたかも、日本国から戦争を仕掛けるかのように。
 
 しかしながら、昨日のブログ記事でも触れましたように、集団的自衛権に期待されている最大の役割は、あくまでも、侵略を意図する攻撃国に対して抑止力として働くことです。一国にでも攻撃を加えれば、全加盟国が一斉に反撃してくるのですから、攻撃側にとりましては、迂闊に手を出せなくなります。国連憲章第51条も、個別的自衛権、並びに、集団的自衛権を、他国から攻撃を受けた場合を想定して認めており、集団的自衛権の行使可能な軍事同盟やその内の一国に対して、他国を攻撃する権利を承認しているわけではありません。集団的自衛権はあくまでも”自衛権”であって、”攻撃権”ではないのです。
 
 集団的自衛権の本来の意味からしますと、上記の批判は的外れです。集団的自衛権の行使に反対する人々は、むしろ、”攻撃側の味方”なのではないかと思うのです。
 
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