時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

「進化論」から見えてくる人類共通の脅威:チンパンジー問題と民主主義における選挙制度との関係

今日は、古代・中世史研究家の倉西裕子が記事を書かせていただきます。去る11月21日に、衆議院が解散となり、‘選挙の季節’を迎えたようですので、そこで、今回は、「進化論」から見えてくるチンパンジー問題と選挙制度との関連につきまして述べさせていただきます。
 
類人猿の悪しき習性を残して進化してしまった人々が、人類にとっての脅威となることの最大の理由が、これらの人々の悪しきパーソナリティーとメンタリティーが、国家レベルでは、‘社会通念common sense’という‘常識’や‘良識’の崩壊につながり、世界レベルでは、その‘社会通念common sense’によって支えられている‘国際社会the world community, the international society’の崩壊につながることにあることを、先に、指摘させていただきました。
 
この問題は、現在、世界におきまして普遍的政治的価値とされ、国民一人一人のパーソナリティーとメンタリティーに依拠する普通選挙制度を通して、民主主義を変質させるかもしれません。このことは、‘まともな人類’にとりまして、深刻な脅威となります。
 
いかなる民主主義的選挙制度も、候補者や有権者の‘質’によって結果が左右され、良質を目指す選択を怠りますと、民主主義は形骸化します。類人猿の悪しき習性を残して進化してしまった人々の増加による悪しき影響は、数の論理に基づいて、選挙結果に直接に表出されることになるからです。候補者の選定におきましても、各々の政党が、チンパンジー的発想から候補者を擁立いたしますと、‘まともな人類’には、投票すべき候補者が存在していないことにもなってしまいます。一方、有権者もまた、目先の利益や序列に拘って投票しますと、民主主義の発祥の地である古代アテネが、やがて‘衆愚政治’に陥り、滅びに向かったように、自らをも滅ぼします。
 
このように、考えますと、‘選挙制度があるから民主主義は安泰である’と考えることは誤りあることとなり、現行の制度が、良質な選択を実現する制度かどうか、チェックを怠ってはいけないということになります。なぜ、人類には悪しき人々が存在しているのか、という人類の問題に対する「進化論」からのアプローチは、自らの基本的人権のみならず、他者の人権も守られるような市民社会の維持には、いかに、国民の‘質’を高めるのか、といった問題にも、取り組んでゆかねばならないということを、示しているのです。(続く)
 
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