時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

違いすぎる日独の戦後補償

 戦後補償について、韓国は、常々ドイツと比較して、日本国の補償は不十分であると批判しております。”日独では、違いすぎる!”と。しかしながら、日独の戦後処理を見ますと、別の意味で、日独は違いすぎると思うのです。

 日本国は、「日本国との平和条約」の規定に従って、戦争に起因して被害を被った諸国に対して、およそ二つの方法で賠償を行っております。その一つは、協定賠償であり、東南アジア諸国との間に協定を結ぶことで賠償を支払いました。もう一つは、連合国による残置財産の処分によるものであり、中国は、日中共同声明で戦争賠償は放棄しましたが、この方法での賠償の恩恵を受けております(その他にも、中間賠償、捕虜被害賠償、経済支援なども実施…)。つまり、戦後の日本国は、国家賠償の形で、賠償責任を果たしているのです。それではドイツは、と申しますと、ドイツは、東西分裂により講和条約を締結することができず、国家賠償は実施しておりません(1990年の「ドイツ最終規定条約」でも国家賠償問題は不問…)。代わりにドイツが真っ先に取り組んだのは、ユダヤ人被害者に対する損害の個人補償でした。つまり、自国民でありながら”敵国民”の扱いを受けた人々に対する補償なのです。この点、アメリカも、戦時中に強制収容所に収監された日系アメリカ人に対して謝罪し、賠償を実施しております。その後、ドイツの補償対象は、ユダヤ人に限定されず、ポーランドなど、連合国国民の被害者にも拡大されているそうですが、基本的には、損害を受けた個人を対象にしています(一方、ギリシャは、今日、国家賠償を請求している…)。

 以上に日独の対応の違いを確認しますと、韓国が、ドイツを引き合いに出して、個人レベルで戦後補償を求めることは、如何に、筋違いであるかが分かります。何故ならば、戦時期にあって、日本国は、併合期の朝鮮半島の人々を”敵国民”として迫害し、財産没収といった被害を与えたわけでもなく、また、韓国人は旧連合国国民でもないからです(慰安婦問題は、犯罪被害の問題…)。”日独の違い”を追求すればするほど、韓国の思惑とは逆に、韓国の要求の不当性が浮かび上がってくるのではないでしょうか。

 よろしければ、クリックをお願い申し上げます。