時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

2016年は万事につけ特に注意を要する年(パート2)

 今日は、古代・中世史研究家の倉西裕子が、記事を書かせていただきます。
 
本年1月6日付本ブログにて、本年、すなわち、2016年という年代をめぐって、日本書紀紀年法や『聖書』において重要な数字として用いられております「0」、「1」、「2」、「6」によって構成される年代であるがゆえに、特に、注意を要する年であると、指摘させていただきました。
 
この「0」、「1」、「2」、「6」の数字の問題は、私の専門領域ですので、今日は、この点について詳しく述べさせていただきます(日本書紀紀年法についての私の研究成果につきましては、『日本書紀の真実 -紀年論を解く』(講談社 選書メチエ 2003年)、『源氏物語が語る古代史 -交差する日本書紀源氏物語』(勉誠出版 2011年)などの拙著や拙論にて、発表しておりますので、ご興味がございましたならば、ぜひ、ご一読ください)。
 
日本書紀』の紀年法には、辛酉革命説が用いられております。辛酉革命説とは、60年で一巡する干支紀年法におきまして、60年に一度めぐってくる辛酉の年に、政治的・社会的な変化があるとする説であり、特に、その60年が21回めぐった辛酉年には、大きな政治的・社会的変化があるとされております。60年に一度の政治的・社会的な変化は、「小変」と称され、「60年×21回=1,260年」とする計算式によって表現されえる1,260年に一度の大きな政治的・社会的な変化は、「大変」と称されております。
 
初代の天皇である神武天皇の即位の年であって、かつ、日本書紀紀年法皇紀)の紀元となる紀元前660年は、辛酉革命説の「大変」にもとづいて、推古9年の西暦601年から1,260年遡った年代に設定されていることは、平安時代の明法家、三善清行による「革命勘文」によってよく知られております。
 
「60×21」という「大変」の計算式も、その答えとなる「1,260年」という年数も、「0」、「1」、「2」、「6」という数字によって構成されているのです。
 
このことは、「0」、「1」、「2」、「6」の数字によって構成される数字は、特に、重要視されている可能性を示しております。しかしながら、読者の皆様は、「2016年は、西暦、すなわち、キリスト紀年法による年代であり、辛酉年ではなく、丙申年であるから、辛酉革命説とは関係が無いのではないか」という疑問を持たれるかもしれません。ところが、それがそうではないようなのです。
 
キリスト教の経典である『聖書』の黙示録Revelationによりますと、ある特定の年代から、1,260年を経た年代に、「最後の審判の日the Judgement Day」がやってくるとされていることは、先述いたしました。1,260年目に大きな政治的・社会的な変化がるという点におきまして、日本書紀紀年法と『聖書』との間には、何らかの思想的・宗教的なつながりがある可能性があるのです。
 
そして、その「最後の審判の日the Judgement Day」の年代を、万有引力の法則などを発見した物理学者・数学者として知られるアイザック・ニュートンIsaac Newton(1642~1727年)は、西暦2061年であると、計算しているのです。2061年も、「0」、「1」、「2」、「6」から構成される年代なのです。
 
「0」、「1」、「2」、「6」の法則からいたしますと、2016年も、万事につけ注意を要する年である、ということになるのです。

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(続く)