時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

”新自由主義者”の功罪

 自民党内では、”新自由主義者”あるいは”上げ潮派”と呼ばれた人々が、かつての勢いをなくし、孤立化しているとの報道がありました(産経新聞本日付朝刊)。それでは、何故、”上げ潮派”は支持を失ったのでしょうか。

 小泉内閣郵政民営化を訴えたとき、多くの国民は、”郵政解散”においてこの政策に賛意を示しました。それは、”官から民へ”というキャッチ・フレーズが、官僚による規制に縛られた日本国の経済に、新風を吹き込むという期待を抱かせたからでしょう。市場経済の仕組みを考えますと、民間の活力が経済成長の原動力であるとする見方は決して誤りではなく、この意味において、”新自由主義者”の主張は、民意にも市場にも合致していた言えます。しかしながら、”新自由主義者”は、その後、二つの側面で、躓くことになります。ひとつは、市場、特に、金融市場において、行き過ぎた規制緩和を行ってしまったことです。これは、日本国というよりもアメリカの新自由主義者が犯した失敗であったかもしれません。そうして、もうひとつの躓きは、経済決定論に陥り、国家や国民を無視してしまったことです。これは、上げ潮派頭目である中川秀直氏の”1000万に移民政策”によく表れています。経済が政治を決定すると見做した点において、新自由主義共産主義と同類となってしまったのです。

 現実は、市場には規律が必要であり、国家や国民を無視した政策が採れるわけでもありません。”新自由主義”は、市場のメカニズムの一面を言い当ててはいましたが、それが、一面に過ぎなかった故に、国民の支持が”引き潮”となってしまったように思うのです。

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