時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

体罰事件-事件ごとに構図や原因が違うのでは

 昨日は、教育現場とスポーツにおける体罰の意味の違いについて書いたのですが、本日は、視点を変えて、暴力の動機と体罰の問題について考えてみたいと思います。

 性善説が強い我が国では、体罰もまた、教員や指導者の愛情の現れであると見なされがちです。もちろん、そのような例はないわけではく、教育に熱心な教師や親ほど、つい生徒や子どもに厳しく当たりがちです。その一方で、人間の性質を観察してみますと、暴力を振るう動機は、明らかに負の感情の方が多いのです。最も多いのが怒りであり、その他にも、憎しみ、恨み、嫉みなどがあります。そして、最も悪質なのは、快楽です。暴力をふるうことで自己のストレスを発散させたり、相手が苦しむ姿を見ることを楽しむ他虐的な人も、人間社会には、少数ながら存在しているのです。実のところ、これらの心理を外部から見抜き、峻別することは、簡単なことではありません。他虐的な人物もまた、体罰を非難されれば、”愛情から”と応えるのでしょうから。

 このように、暴力の動機が様々であることを考慮しますと、体罰問題とは、それぞれのケースによって、構図や原因に、相当の違いがあるのかもしれません。体罰問題を一緒くたにせず、解決方法を含め、一つ一つ、個別の問題として考える必要があるように思うのです。

 よろしければ、クリックをお願い申し上げます。

<a href="https://blog.with2.net/in.php?626231">人気ブログランキングへ</a>