時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

舛添知事を選んだ都民が悪いのか?-都民は被害者では

 絵に描いたような悪徳政治家振りから、”舛添都知事のXデー”なるものも取り沙汰されているようです。とは言いますものの、中には、舛添氏を選んだ都民が悪い!とする擁護論も聞かれます。

 確かに、都民の方々が、舛添氏に一票を投じなければ、今回のような騒動は起きなかったかもしれません。しかしながら、この擁護論も、幾つかの点に鑑みますと、説得力があるとは思えません。第一に、以前にも指摘しましたように、都民の大部分は、選挙時において候補者に関する情報を十分に得ることができない状況にあります。どのような人物であるのか、全く分からない状態で投票しているのです。となりますと、第一義的に責任があるのは、不十分な情報しか提供しなかった候補者本人、並びに、取材と報道を怠ったマスコミにあります。第二に、政治家は、時にして”騙しの天才”であることです。1992年に発売された舛添氏が登場するゲームソフト(「朝までファミコン」)があるそうですが、このソフトでは、舛添氏が登場して”公私混同の男はダメ”と述べているというのです。立候補以前にこうした氏の言動を見聞きした都民は、まさか、ダメと言っている当の本人が公私混同するわけはない、と思い込むはずです。氏の言動不一致によって騙された都民も多いのです。第三に、都知事選の候補者については、都民に十分な選択肢が提供されているわけではありません。田母神氏逮捕の真相は今のところ不明ですが、どの候補者を選んだとしても、都民の期待を裏切る結果が待っている可能性があります。

 このように考えますと、”選んだ都民が悪いとは”一概には言えないように思えます。むしろ、舛添知事の問題にせよ、『パナマ文書』せよ、あらゆるレベルで現行の政治制度が行き詰っている現状を示しているのではないでしょうか。どのようにすれば有徳で有能な政治家を選び出すことができるのか、民主主義の原点に帰って考えてみる必要がありそうです。

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