時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

ヒトラーの「ゲルマン至上主義」のすり替え問題:ヒトラーは野蛮主義へのすり替えを図っていた

 ヒトラーが、ゲルマン至上主義を唱えたことはよく知られております。すなわち、ヒトラーは、「世界は優秀なゲルマン人によって支配されるべきである」という考えを政策として打ち出し、多くのドイツ人がこの政策に同感し、ヒトラーを支持したのです。

 

 では、なぜ、ドイツの人々は、ゲルマン至上主義に同感したのでしょうか。それは、ヨーロッパの歴史を概観することによって見えてまいります。歴史的にヨーロッパの多くの国々は君主制を採っており、政治・外交・経済は、君主の判断力に頼るところが大きかったと言うことができます。そして、ヨーロッパの王室の多くがゲルマン系であるという特徴がありました。特に、16世紀以降、これらの君主は、フリーメイソンのメンバーでもあり、18世紀以降は、「啓蒙思想enlightenment」を実践いたしました(今では、フリーメイソンは、ほとんどイルミナティ―に乗っ取られているようです)。啓蒙思想とは、キリスト教精神のもとで、理想的社会・世界を築こうとする運動でしたので、国民一人一人の政治的・経済的自由、法のもとの平等、基本的人権、理性が尊重される豊かな社会をもたらすべく、君主たちも努力した結果として、ヨーロッパ社会は、まずまずは、それ以前と比較して“まともな社会”となっていた、と言うことができます。

 

 ゲルマン系君主による統治が比較的に優れていたという歴史的事実から、多くのドイツ人は、自らの統治能力を評価していたがために、ヒトラーの唱える「世界は優秀なゲルマン人によって支配されるべきである」という主張に同感したということになるのでしょう。

 

 ところが、ヒトラーがゲルマン至上主義として称揚した世界が、『ニーベルンゲンの指輪』の世界であったことは、本末転倒であると言うことができます。なぜならば、この伝説は、キリスト教が導入される前のゲルマン人の野蛮な世界を描いた伝説であるからです。この伝説は、ゲルマン人の一部族であるフランク族の歴史をテーマとしたものですが、他のゲルマン部族が早期にキリスト教マリウス派に改宗して、既にキリスト教社会を築いたのに対して、フランク族のみ、キリスト教に改宗せずに、野蛮な社会の中にありました。従いまして、『ニーベルンゲンの指輪』の登場人物達は、残忍、無慈悲、反道徳的、エゴイスティックでありました(殺人、他国への侵略、裏切りなど、なんでもありの野蛮人達)。まさに、キリスト教社会とは逆の野蛮な世界であり、『ニーベルンゲンの指輪』は、これを肯定するものであったのです。

 

 すなわち、ヒトラーの「ゲルマン至上主義」という言葉の定義は、キリスト教的理想世界を求める啓蒙思想にもとづくゲルマン至上主義から、反キリスト教的な野蛮な世界を肯定する野蛮主義へとすり替えられてしまっていたこととなるのです。

 

 「ゲルマン至上主義」という言葉にのみ踊らされ、知らず知らずの間に、ドイツ人はヒトラー政権を支持するようになり、この結果として、ヒトラーは、第二次世界大戦の火ぶたを切ることとなったポーランド侵攻という暴挙に及んだと言うことができるでしょう。