時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

貿易の独占を好んだヴェネチア人の謀略

本日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が、記事を書かせていただきます。今日は、ヴェネチア商人の問題について扱います。ヴェネチア商人は、世界大のユダヤ人ネットワークを通して、モンゴルとの間に謂わば‘独占奴隷貿易契約’を実現させていたわけですが、13世紀のヴェネチア人たちは、奴隷貿易をも含めたすべての貿易活動の利益の独占を追求していたようであり、その結果、おもに以下の問題が齎されたと言うことができます。
 
1)バトゥ・ハーンによるロシア、東ヨーロッパ、北ヨーロッパ、北ドイツの諸都市の蹂躙。
2)十字軍の終焉によるイスラムの拡大
 
ガブリエル・ローナイ氏の『The Tartar Khan’s Englishman』によりますと、まずもって、ヴェネチア商人たちは、自分達の都合のよいよう、すなわち、ヴェネチアにとりまして、ライバルとなるような勢力の力を削ぎ、貿易による利益を独占するために、モンゴル側を焚きつけ、その攻撃目標地の選定にも大きな影響を与えていたようなのです。例えば、バトゥ・カーンによるキエフ壊滅は、数世紀前から、ロシア(ウラディミル公国)のキエフによって支配されていたバルト海へと通じる南北交易ルートが、貿易独占を狙うヴェネチアにとって脅威となったためであり、北ドイツへの侵攻は、ライン・ドナウ川と北海とを結んでいたドイツの貿易ルートが、ヴェネチアにとってライバルルートであり、この地域の商業都市の壊滅は、ヴェネチアの貿易独占を意味したからです。
 
The Tartar Khan’s Englishman』は、こうしてバトゥによってほとんどすべての建物が破壊され、完全に壊滅状態となったキエフに立ち寄ったカルピニの以下のような記録を記載しています。
 
――He recorded that in thefew houses still standing there were a handful of Italian merchants who hadtransferred from Constantinople.  Threeof them- Manuel Veneticus, Jacobus Venerius and Nicholas Pisanus—were Venetians.(彼(カルピニ)は、破壊されずに残っている僅かな家々には、コンスタンチノープルからやって来ていた一握りのイタリア商人たちがいたと記録していた。彼らのうちの3名、マヌエル・ヴェネチクス、ジャコブス・ヴェネリウス、及び、ニコラス・ピサノスはヴェネチア人であった)――
 
モンゴル軍によるロシアの諸都市への破壊活動のうち、特に、キエフに対する破壊は、凄惨を極めたとされています。その背景には、ライバルとなる商業活動センターの消滅を目論むヴェネチアの謀略があった、と推測することができるのです。

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(続く)