時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

三笠宮殿下の「意見書」は重要な問題提起

今日は、古代・中世史研究家の倉西裕子が、記事を書かせていただきます。本日付の日本経済新聞に、三笠宮殿下が終戦の翌年に書かれた「意見書」が、一部掲載されておりました。終戦直後、そして、昭和天皇の時代に書かれていながらも、その「意見書」は、来しかたの伝統的天皇の在り方と、現在という時代の皇室制度の矛盾が、奇しくも、予見されているような内容であったようです。
 
「来しかたの伝統的天皇の在り方」と「現在という時代の皇室制度」の間の矛盾の原因は、ひとえに、「来しかたの伝統的天皇の在り方」が、‘天皇は神である’という日本人の意識によって天皇が支えられてきた、という理由にあると考えることができます。
 
天皇は、伝統的に御簾のなかにありながらも、江戸時代までは護国の現人神として国民からの崇敬を受け続けました。明治期に至って、「明治憲法大日本帝国憲法)」によって、天皇統治権が認めるようになっても、国民の間に、大きな反発が起こらなかったのは、「神様なのであるから、きっと、よく日本国を護ってくださるはずである。きっと、よき統治をしてくださるはずである」という期待があったからである、と言うこともできるでしょう。明治期から昭和にかけまして、アジアに位置する日本国が、文明国、列強国として、国際的に高い評価を受けたことも、こうした天皇崇拝を支えたのです。
 
もちろん、歴代天皇自身も、こうした国民からの期待に応えるべく努力してきたわけですが、ある意味で、「菊のカーテン」があって、統治権を有していると規定された明治天皇でさえも、性格、能力、健康、趣味、嗜好、習癖におきまして、実際にはどのような人物であるのかが、国民にはわからなかったからこそ、こうした天皇崇拝が成立していたという点は、重要であるようです。政治や外交は、実際には、天皇ではなく、元老たちが行っていたと考えられるのですが、天皇の実像や実体が不明であり、大方の国民は、天皇の姿は、錦絵においてのみ認識される程度でありましたので、天皇が、‘よく国を治めている’と認識していた、と推測できるのです。
 
しかしながら、戦後、特に、昨今の情報化社会におきまして、もはやこうした意味での「菊のカーテン」は存在せず、天皇の性格、能力、健康、趣味、嗜好、習癖は、あらゆるメディアの媒体を通して、国民の間に知られることになりました。このような状況は、日本の歴史上、はじめての事態である、と言うことができるのです。すなわち、Revelation(暴露)が起こった、ということになります。
 
先の三笠宮殿下の「意見書」には、「将来に予想される天皇の性格、能力、健康、趣味、嗜好、習癖ありとあらゆるものを国民の前にさらけ出して批判の対象にならねばならぬから、実際問題とすれば、今まで以上に能力と健康とを必要とする」という記述があったそうです。そして、何らかの理由があって、現在の皇室をめぐりましては、これらの諸点、さらには、国家安全保障の点におきましても、国民からの批判に耐えうる状態には無い、と言うことができます。換言いたしますと、日本人は、どのように考えても、「天皇は神ではない」という現実に、否、それ以上に、「不適格者か天皇になるかもしれない」という問題に歴史上、はじめて直面したことになるのです。性格、能力、健康、趣味、嗜好、習癖において問題がある人物が即位した場合、それは、そのままに、「天皇の活動」の在り方に影響を及ぼし、日本国の危機へと繋がることをも意味しているのです。
 
皇室をめぐるRevelation(暴露)が、わたくしたちに、よりよい世界を築くための機会を与えてくれることになるのか、否か、それは、現時点では、誰にもわかりません。本日、三笠宮殿下の斂葬の儀が本日おこなわれております。重要な問題提起をされた三笠宮殿下のご冥福を、謹んでお祈りいたしたいと思います。

 よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
 
(続く)