そのなかで、元日本軍の捕虜であったオランダ人男性の発言が、特に注意を引きました。それは、「捕虜収容所にカトリックの司祭がおり、就寝する前には長い祈りを捧げているにもかかわらず、収容されているオランダ人捕虜(蘭印人を含む)たちに対して、「憎しみこそ生き残るためのすべてである」という趣旨の主張を繰り返し説いてまわっていた」という趣旨の発言です。すなわち、この司祭は、日本人を憎むよう捕虜たちを洗脳していたのです。
戦後、オランダ人の元日本軍捕虜の半数以上が帰国後もPTSDとなり、家庭内暴力などの暴力問題を起こしていたそうです。元捕虜であった継父からの暴行によって筆舌に尽くしがたい苦痛の人生を送ることとなった日蘭印混血児の女性をめぐっても、日本人の血を引くことを理由に暴行を受けた原因について、ドキュメンタリーは、泰緬鉄道の敷設という苦役に従事させられた継父のPTSDによる日本人への憎しみにあるとする見解を紹介しておりました。
なぜ、オランダ人元捕虜の日本人への憎しみが、かくも異常なまでに増幅されるようになったのか、その理由は、先に述べた収容所内のカトリック司祭の活動にあったのではないか、と推測することができます。「汝の敵を愛せ」という博愛主義や隣人愛を説くキリスト教の司祭でありながら、その逆の教えをなぜ説いたのか、その理由は、当該司祭が、実は、イエズス会士(フランシスコ派)であったと仮定いたしますと、説明がつきます。すなわち、イエズス会は、「表」はキリスト教の修道会ですが、「裏」として悪魔崇拝のバビロニア系ユダヤ教の教団ですので、「憎しみ」を拡大させ、人々を相互に対立させることを目的に、元捕虜たちに、日本人、日本への憎しみの種を播いていたかもしれないのです。
あるいは、第一次世界大戦や第二次世界大戦が、イルミナティー(イエズス会・ロスチャイルド家・サスーン家を中心とした「黒いユダヤ人」の国際組織)の文明人抹殺計画の一環として起こされていたことを隠し、日本人を「スケープゴート」となすために、殊更に、日本人を憎むように誘導しようとしたのかもしれないのです(被害者たちの憎しみの矛先を、イルミナティーではなく、日本に向けさせるため)。
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(続く)