時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

消えた中国の「九段線」の幻

 先日12日に下された南シナ海問題に関する仲裁判決では、大方の予想に反して、中国が主張してきた「九段線」の違法性にまで踏み込みました。この判決により、中国は、南シナ海全域に対する領土や海洋権益の法的根拠を、全て失うことになったのです。

 それでは、中国の「九段線」とは、どれほど厚かましい主張なのでしょうか。国際海洋法の歴史を振り返りますと、大航海時代の幕開け以来、航行の自由が尊重されるに至りますと、領海の範囲が問題とされました。およそ大砲の届く範囲を領海とする案が提唱されたものの、領海を何カイリとするのかをめぐる争いは、20世紀まで続きます。1982年に採択された国連海洋法条約では12カイリと定め、一先ずは標準化します(ただし、現在でも、全ての国が12カイリを領海としているわけではない…)。一方、中国は、国連海洋法条約成立以前に、南シナ海全域において、歴史的権利が成立していたと主張しています。しかも、驚くことに、排他的経済水域EEZ)の200カイリどころか、南シナ海の沿岸国の目と鼻の先まで管轄権を及ぼしていたと言うのです。そもそも清国の時代にあっては、”海洋支配圏”の概念さえ存在していたのか怪しく(女真族は遊牧系…)、当時の状況を考慮すれば、到底あり得ないことです(最近、清国の地図がネット上から消えている…)。もちろん、この支配権を証明する史料は一切存在せず、故に、常設仲裁裁判所では、証拠なしと判断されたのでしょう。百歩譲って譬え、国連海洋法条約の成立以前にパラセル諸島スプラトリー諸島を領土として領有していたとしても、その領海となる僅か12カイリ未満の四方しか管轄できなかったはずなのです。

 ネット上では、中国政府は、正式には「九段線」を主張したことはない、とする弁解的な擁護論も見られますが、「九段線」を主張していたからこそ、平然と他国が実効支配していた島や岩礁を武力で奪ったのです。歴史的根拠があるとして。今日、仲裁判決によってこの根拠が崩壊したのですから、「九段線」の幻は、”中国の夢”と共に消えたのではないでしょうか。

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