時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

日本・日本人に対する評価をめぐるイエズス会の亀裂

 本日も、古代・中世史研究家の倉西裕子が、記事を書かせていただきます。「イエズス会士」といいましても、発足からほどなくして、イエズス会士の間には、その思想の違いから亀裂が生じていたようです。このイエズス会内の亀裂の問題は、「裏イエズス会」の実体と背景を解明する上で、一助となるかもしれませんので、今日はイエズス会の亀裂問題について扱います。
 
その亀裂とは、イタリア人宣教師ヴァリニャーノと、当時の日本布教区の責任者であったフランシスコ・カブラル(Francisco Cabral 1529 - 1609416日)とが、日本人や日本文化に対する評価と布教方針をめぐって鋭く対立し、ついにヴァリニャーノがカブラルを解任、追放したことです。
 
カブラルは、スペイン系貴族の子としてアゾレス諸島サンミゲル島に生まれ、元来はインドに赴任した軍人でした。アゾレス諸島は、1427年に、ポルトガル人ディエゴ・デ・シルベスによって新たに発見された島であり、カブラルは、現地住民との混血である場合もあった植民地生まれの「クレオール」であった可能性もないわけではありません。
 
カブラルとヴァリニャーノは、日本や日本人に対する評価が180度異なっておりました。カブラルの前任者であったトーレスは、日本においては身なりや服装がきちんとしていない人物は軽蔑されることから、宣教師たちにあえて良い服を着ることを奨励しておりました。このことは、トーレスが、日本人はヨーロッパと同様に、その宗教制度において服装や礼儀を重視するとともに、ヨーロッパに近い社会を築いていると認識していたことを示しております。
 
ヴァリニャーノやオルガンティノも、日本に対してトーレスと同じ認識を持っており、オルガンティノは、その書簡の中で「われら(ヨーロッパ人)はたがいに賢明に見えるが、彼ら(日本人)と比較すると、はなはだ野蛮であると思う。(中略)私には全世界じゅうでこれほど天賦の才能をもつ国民はないと思われる」、「日本人は怒りを表すことを好まず、儀礼的な丁寧さを好み、贈り物や親切を受けた場合はそれと同等のものを返礼しなくてはならないと感じ、互いを褒め、相手を侮辱することを好まない」と述べております。この時代に来日したヨーロッパ人は、その外見も含めて日本人を評して、「ヨーロッパ人に似ている」と述べております。
 
16世紀当時の日本文化、すなわち、御所や戦国大名の居城、寺社仏閣、服飾文化、屏風や漆器などの工芸品に加え、儀式や礼儀作法などの無形文化が、今日におきまして世界的に高く評価されていることに示されますように、トーレス、ヴァリニャーノ、オルガンティノの日本国・日本人をして文明国・文明人とする認識は、確かに正しいと言えるでしょう。
 
ところが、カブラルは、”日本人は黒人であり、低級な国民”と呼び、その他、侮蔑的な表現を用い、しばしば日本人にむかい、「とどのつまり、おまえたちは日本人(ジャポンイス)だ」というのがつねであったそうです。「私は日本人ほど傲慢、貪欲、不安定で、偽装的な国民は見たことがない。…日本人は悪徳に耽っており、かつまた、そのように育てられている」とも述べてもおります。また、カブラルは、「日本においてイエズス会員が絹の着物を着ているのは清貧の精神に反している」と非難したのですが、このことは、日本を非文明国と見なしている、もしくは、日本を非文明国化しようとしていたことを示しております。カブラルにとりまして、日本・日本人は、非文明世界に入るべき存在ということになります。
 
イエズス会士の間で、日本・日本人に対する評価は、180度異なっており、この問題は、イエズス会内のなかに、それぞれ何らかの勢力を背景とした2つのグループがあった可能性を示唆しております。
 
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(続く)