時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

国籍法改正で融解する国民?

 国民とは、領域や主権と並んで、国家を構成する要件と言われています。その国民の枠組みが、大きく変化するのですから、国家そのものに影響がないはずはありません。

 世界中で二重国籍を認める国が増加するとしますと、やがて、二重どころか、多重国籍者が出現することになります。例えば、A国の国民が、B国の国民と婚姻し、属地主義を採用しているC国で子供が生まれるとしますと、AB両国とも二重国籍を認めていれば、子供は、C国の国籍を合わせて三か国の国籍を持つことができます。この三か国の国籍を持つ人が、同じようにD、E、Fの三か国の国籍を持つ人と婚姻をし、属地主義のG国で子供が生まれるとしますと、子供は、ABCDEFGの7か国の国籍を合法的に持つことだできます。三代目となりますと15カ国となります。

 それでは、この15か国の国籍を持つ人は、どこの国の人なのでしょうか。一人の人が、15か国で参政権を行使し、15か国の政府から外交的保護を受ける権利を持ち、15か国の政府から社会保障のサービスを受けることができるかもしれません。その反面、15か国の政府から、国防や納税などの義務を課されることになるかもしれません。こうした状況では、政治参加の意味も薄れてしまいますし、国家や社会への帰属意識も希薄となることでしょう。

 国民の枠組みが融解しますと、民主主義も意味がなくなってしまいます。国籍法の改正によって、より大きな価値を失うかもしれず、行く行く先を見すえた判断をすべきなのではないか、と思うのです。

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