時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

沖縄慰霊の日-基地が一つだけでも戦争になった沖縄戦の歴史

 本日は、沖縄戦終結してから68年目の日に当たり、この戦いで亡くなられた方々の御霊が安らかであることを、心静かに祈る日でもあります。誰もが平和を願うものですが、マスコミの「慰霊の日」の報じ方には、どこか、基地反対の主張が刷り込まれているように感じられます。

 沖縄に関連するニュースには、必ずといってよいほどに、地元の住民のインタヴューがあり、”基地があるから戦争になる。”とするステレオタイプの回答が返ってきます。沖縄の平和のために、米軍基地を撤廃せよと…。しかしながら、沖縄戦の歴史は、基地がたったの一つでも戦争になることを示しています。沖縄に初めて基地が設けられたのは、戦争の足音が聞こえ始めた昭和8年(1933年)のことであり、海軍が建設した小禄飛行場です。現在は、自衛隊那覇基地として使用されておりますが、沖縄戦は、50万規模の米軍を前に、この基地一つで戦われました。沖縄戦の原因は、この基地があったからではなく、逆に、基地が一つしかなかったがために、民間の住民をも巻き込んだ壮絶な戦いとなった言うこともできます。劣勢にありながら、それでもなお、沖縄の人々は、日本軍と共に懸命に戦ったと伝わります。

 沖縄戦における歴史の教訓は、”基地があるから戦争になる”ではないはずです。むしろ、基地がなくなれば平和が訪れるとする刷り込みは、地政学から見ますと、沖縄の人々を、きわめて危険な状態に置きかねないのです。マスコミは、安易な偽善を振りまくのではなく、沖縄戦の真実を伝えるべきではないかと思うのです。

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