時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

安保政策批判に見る中国の欺瞞

 昨晩の安保法案成立は、中国にとりましては、極めて不都合な出来事であったようです。案の定、早々に、日本国が平和国家としての発展の道を踏み外したとして批判声明を公表しています。

 しかしながら、時系列的に日中間の相互反応の経緯を並べてみますと、中国の言い分が欺瞞に満ちているのは一目瞭然です。中国は、80年代に改革開放路線に舵を切って以来、一貫して、軍事大国化を目指しております。国家プロジェクトとして先端的な軍事技術の開発にも努めており、軍事予算も飛躍的に拡大させました。日本国の防衛費を予算がGDP比で1%程度で推移しているのとは対照的です。核戦力の面から見ても、核保有国である中国は、2020年までには、アメリカとの間に相互確証破壊が成立するとの予測があると共に、軍事パレードで披露された大陸間弾道ミサイル「DF(東風)5B」も、アメリカに対する核攻撃能力を誇示しています。中国は、人民解放軍の兵員は削減しても、軍事的能力は、量・質ともに高めてきているのです。しかも、日本国は、中国に対して一切領土を要求していませんが、中国は、尖閣諸島、さらには、沖縄まで手中に納める意思があることを公言しています。

 このままでは、東アジアの軍事バランスが中国に大きく傾くのですから、日本国が、”リバランス”政策として集団的自衛権の行使容認と日米軍事協力を強化する方向に向かうことは、国家の安全保障政策としては、当然すぎるほど当然の反応です。結局、中国の批判が明らかにしたものとは、自国が自己の行動を省みず他国に責任を転嫁する国であることを示したことにおいて(身勝手な根拠で他国を攻撃する可能性…)、集団的自衛権の必要性ではなかったかと思うのです。

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