時事随想抄

歴史家の視点から国際情勢・時事問題などについて語るブログ

移民問題-排外主義vs.排内主義

 イギリスのEU離脱の主因となり、アメリカ大統領選でもトランプ候補躍進の原動力となったように、移民問題は、今日、何れの国でも重要な政治的争点の一つです。この問題については、マスコミでは、移民に対する排外主義を戒める論調が強く、受け入れ国の国民に対して厳しい姿勢で臨んでいます。

 しかしながら、移民問題がこれほどまでに国民の関心を集め、抜き差しならない問題と化したのは、”移民の大量流入によって、受け入れ国内で排外主義が広まった”とするステレオタイプの説明では、不十分なように思えます。確かに、表面の現象だけに注目すれば、フランスの「国民戦線」やドイツの「ドイツのための選択」など、各国において”極右”と称される政党が移民の増加を背景に支持率を伸ばしてきました。この動向からしますと、数の問題で排外主義が広まったとする分析もあながち間違いではないのですが、その一方で、見落とされがちなのが、移民の側の”排内主義”です。”排内主義”とは、”排外主義”との対比で作ってみた造語ですが、移民の側が、受け入れ国側の国民や文化などを排斥する活動を意味します。”排内主義”は、イスラム系移民において顕著であり、受け入れ国内では、イスラム系住民の集住地帯が出現すると共に、西洋文明に対する排斥運動は、暴力的なテロとして表出されています。日本国内でも、コンスをはじめ、移民の出身国の風習が日本古来の伝統や慣習を追い出している現象が見られます。よく考えてもみますと、受け入れ国の国民による”排外主義”だけが”差別”として批判される一方で、移民による”排内主義”については寛容を説かれる現状は、フェアとは言えないように思えます。

 ”郷に入れば郷に従え”という諺は、異邦人が他国で暮らしてゆくための人類共通の智慧であり原則であったことを考慮しますと、移民による”排内主義”こそ、批判されるべきはずです。移民問題に対するマスコミの論調は、一方向に偏っているのではないかと思うのです。

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